actual−iid 不一致はどこに局在するか:
コラッツ脱出語における Δ の座標別局在
Where does Δ localize? — A coordinate-wise localization of the actual−iid discrepancy in Collatz escape words.
最大の \(|\Delta|\) は remaining_K=32–63 に観測される。さらに remaining_K chain では、質量 Δ が負である一方、下流への条件付き遷移 Δ が正になる帯が存在し、局所遷移と質量配置が分離する。 報告するのは記述統計であり、remaining_K は最大観測帯であって原因ではない。
1. 序論
有限ブロック診断は、コラッツ脱出語における actual−iid 不一致を検出できるが、生成的には再現しない。本研究はその不一致そのものを観測対象に据える。
本稿を通じて、不一致とは、観測された有限整数の脱出語の測度 \(\mu_{\text{actual}}\) と、iid の 2 進参照測度 \(\mu_{\text{iid}}\) との差を指す。研究対象はこの差そのもの、すなわち
\[ \Delta(\cdot) \;=\; \mu_{\text{actual}}(\cdot) \;-\; \mu_{\text{iid}}(\cdot) \]である。 本稿が問う唯一の問いは次である。
解析では同じ Δ を固定し、座標を取り替えたときに Δ がどこで最も明瞭に局在するかを比較する。 潜在状態、ドゥーブの \(h\) 変換、ギブス測度、その他の理論的機構の検討は対象外とする。
本稿の数値はすべて、先行研究の補助解析(§4.6 の Δ 地図)として既に計算されていた量を、独立した一本のテーマのもとで取り直したものである。新たなデータ生成やモデル適合は行わない。
2. 座標系
Δ を 5 つの座標へ投影する。各座標は脱出語の同一母集団に定義され、違いは「どの量で語を分類するか」に限られる。Δ は各セルの質量差として読む。
state
先行研究と同じ条件付けセルである。各語は
\[ \text{state} \;=\; \text{bridge\_cluster} \;\big|\; \text{x\_K\_window} \;\big|\; \text{parity} \]に割り当てられる。bridge_cluster は対数振幅部分和経路の形状ラベル(late_growth/balanced/early_growth)、
x_K_window は \(x_K = K_\tau-(\text{power}-h)\) のウィンドウ、parity は power のパリティである。これは経路形状・付値深さ・パリティを組み合わせた粗視化座標である。
prefix シリンダー
脱出語の先頭 \(L\) シンボルを固定して語を分類する古典的なシリンダー座標である。Δ を prefix シリンダーへ投影すると、「不一致が語のどの初期部分から見え始めるか」「単一の初期語片に差が集中するか」を問える。
transition
連続するブロックの間の遷移(edge)、あるいは prefix 成長における分岐(branch)で語を区分する座標である。 Δ を transition へ投影すると、「ある単一の局所遷移が不一致の大半を担うか」を問える。
boundary(remaining_K)
停止境界までの距離を表す座標である。remaining_K は \(K_\tau\) に基づく境界距離であり、ここでは 16–31/32–63/64–95/96–127 といった帯にバケット化して扱う。
Δ を remaining_K へ投影すると、「不一致が境界からの距離に沿って整理されるか」を問える。
remaining_K chain
boundary 座標を単一セルではなく、境界距離帯の連鎖として扱う座標である。各帯における質量差(mass Δ)に加えて、ある帯にいる条件のもとで下流の帯へ進む比率の差(conditional transition Δ)を併せて観察する。この 2 種類の Δ が同じ符号をもたないことが §7 の中心観測となる。
| 座標 | 分類する量 | 問えること |
|---|---|---|
| state | 経路形状 + 付値深さ + パリティ | 粗視化セルに Δ が局在するか |
| prefix | 先頭 \(L\) シンボル | 初期語片に Δ が集中するか |
| transition | ブロック間 edge/分岐 | 単一遷移が Δ を担うか |
| boundary | 境界距離 remaining_K | 境界距離に沿って Δ が並ぶか |
| chain | 境界距離帯の連鎖 | 質量配置と局所遷移が一致するか |
3. state 局在
粗視化された state 座標では、Δ は少数の state に集まる。
結果
Δ を state 座標へ投影すると、不一致は少数の state に局在する。先行研究で代表的なストレスケースとして選ばれた
\[ \textbf{focus state} \;=\; \texttt{late\_growth | tail\_64\_95 | even} \]は、actual と iid の不一致が最も大きく、かつサンプリングが最も希薄な state である。この state では、actual がもつ質量と iid がもつ質量が大きく食い違う一方、その食い違いは少数の state に集まり、多くの state ではほぼ相殺する。
bridge_cluster・x_K_window・parity の 3 座標の組が、Δ をもっとも局在させる粗視化であった。
考察
state は中〜高の鋭さで Δ を局在させる。これは、経路形状(bridge_cluster)と付値深さ(x_K_window)とパリティという 3 つの軸が、いずれも単独ではなく組として効くことを示す。
言い換えれば、Δ は「ある 1 つの形状」や「ある 1 つの深さ」に集中するのではなく、それらの交差として現れる。
focus state がサンプリング希薄な帯に位置することは、局在構造が明瞭である一方で、その構造が薄い質量の上に立っていることも同時に意味する。
4. prefix 局在
prefix シリンダーでは、Δ は初期から見えるが多数の初期語片に分散する。
結果
Δ を prefix シリンダーへ投影すると、2 つのことが同時に起こる。第一に、不一致は初期 prefix から既に見える――語のごく先頭部分を固定しただけで、actual と iid の質量差は非ゼロである。第二に、しかし不一致は単一の prefix には集中しない。 prefix ウィンドウ長を伸ばしても、Δ がある特定の初期語片へ吸い込まれていくことはなく、多数のシリンダーに薄く分かれたまま残る。
考察
prefix 座標における Δ の鋭さは低い。差が初期から見えるという事実は、不一致が語の末尾だけの現象ではないことを示すが、それが単一 prefix に集中しないという事実は、prefix シリンダーが Δ を集約する座標としては適していないことを示す。
Δ は「ある決まった書き出し」をもつ語の超過質量、というかたちでは現れない。
5. transition 局在
transition 座標では、Δ は単一の edge や branch に集約されない。
結果
Δ を transition(ブロック間の edge/prefix 成長の分岐)へ投影すると、単一の transition は説明力をもたない。
ある 1 本の edge や 1 つの branch に Δ が集約されることはなく、不一致は多数の transition に分散している。どの局所遷移を取り出しても、それ単独では全体の不一致のごく一部しか担っていない。
考察
transition 座標における Δ の鋭さは低い。これは prefix の結果と同じ向きを指す。
Δ は「ある局所の語片や、ある局所の遷移」という微視的な単位には局在しない。
局所遷移をいくら細かく見ても、不一致は局所には現れず、分散している。
この所見は、§7 の chain 解析への伏線でもある。単一 transition が説明力をもたないという否定的観測は、不一致が遷移そのものではなく、積み上がった遷移の結果としての質量配置に現れる可能性を、座標の側から示唆する。本節では、この所見を座標上の観測として記録する。
6. boundary 局在(remaining_K)
境界距離座標 remaining_K は、Δ が最も鋭く局在する座標の一つである。
結果
Δ を remaining_K(停止境界までの距離)へ投影すると、不一致は境界距離に沿って整理される。最大の \(|\Delta|\) は remaining_K=32–63 に現れる。remaining_K=64–95、96–127 にも薄く不一致は続くが、最大の絶対質量差は 32–63 に残る。
| remaining_K | actual | iid | \(\Delta\) | 比 | L1 share |
|---|---|---|---|---|---|
| 32–63 | 1.959532 | 2.139743 | −0.180211 | 0.916 | 38.57% |
| 64–95 | 0.266435 | 0.341662 | −0.075227 | 0.780 | 16.10% |
| 96–127 | 0.018644 | 0.031704 | −0.013059 | 0.588 | 2.80% |
3 帯すべてで \(\Delta\) は負である:actual が各帯にもつ質量は iid より薄い。 絶対質量差は 32–63 が最大(\(|\Delta|=0.180211\)、L1 share 38.57%)、比がもっとも低いのは 96–127(0.588)だが、その帯の質量と L1 share は小さい。
したがって「最大観測点」を絶対質量差で測れば 32–63、比で測れば 96–127、という二つの読みが両立する。以下では絶対質量差を基準に、 32–63 を最大観測帯とする。
考察
boundary 座標における Δ の鋭さは高い。prefix・transition では分散していた不一致が、境界距離という 1 軸に並べ直すと、はっきりした帯構造として読める。これは Δ を集約する座標としての remaining_K の有効性を示す観測である。
7. remaining_K chain
boundary 座標を境界距離帯の連鎖として読むと、質量配置と局所遷移は分離して現れる。
結果
remaining_K chain では、2 種類の Δ を区別して測る。
- mass Δ:ある帯における質量差(§6 の表 6.1 と同じ向き)。主要な帯で負である。
- conditional transition Δ:ある帯にいる条件のもとで、下流の帯へ進む比率の差。これは正になる帯がある。
mass Δ < 0
conditional Δ > 0
2 つの具体例で、両者の符号が分かれる:
| 遷移 | mass Δ | conditional Δ | 符号 |
|---|---|---|---|
64-95 → 32-63 | −0.006059 | +0.007861 | 逆符号 |
32-63 → 16-31 | −0.009262 | +0.004618 | 逆符号 |
すなわち、これらの帯では actual がもつ質量は iid より薄い(mass Δ が負)一方で、その帯にいるという条件のもとで下流へ進む比率は必ずしも弱くない(conditional Δ が正)。質量が薄いことと、条件付き遷移が弱いことは、ここでは一致しない。
考察
この符号の分離は、局所遷移と質量配置が別物であることを示す。 もし不一致が単に「ある帯から下流への遷移が弱い」という局所遷移の不調であれば、mass Δ と conditional Δ は同じ向きに動くはずである。実際にはそうならない。
条件付き遷移はむしろ強い側にあるのに、帯の質量は薄い。したがって、観測されている不一致は、遷移確率の単純な過不足としてではなく、remaining_K chain 上の質量がどこに置かれているかの違いとして読むのが自然である。
これは §5 の所見――単一 transition が説明力をもたない――と整合する。局所遷移を細かく見ても不一致は局在せず、しかし帯ごとの質量配置として見ると鋭く現れる。
chain は、この「遷移ではなく配置」という構造を、符号の食い違いという形で最もはっきり示す座標である。
8. 座標比較
§3–§7 の投影結果を、Δ の集中度という観点から比較する。
結果
| 座標 | 局在の鋭さ | 主な所見 |
|---|---|---|
| block score | ― | 診断信号はあるが生成は再現しない(前論文 §4.1–4.4) |
| state | 中〜高 | bridge_cluster + x_K_window + parity の組で局在 |
| prefix | 低 | 初期から見えるが単一 prefix に集中しない |
| transition | 低 | 単一 edge/branch に集約されない |
| boundary remaining_K | 高 | 最大 \(|\Delta|\) は 32–63(最大観測帯) |
| remaining_K chain | 高 | mass Δ と conditional Δ が逆符号;配置として可視 |
考察
座標を取り替えると、同じ Δ の集中度が変わる。prefix と transition では Δ は多数のセルに分散する。
一方、state と remaining_K では、表 8.1 の所見が示すように、Δ は少数のセル・帯へ集まる。chain はさらに、質量配置と局所遷移の食い違いとして boundary 座標内部の構造を示す。
この比較自体が主結果である。Δ は局所語片(prefix・transition)ではなく、粗視化された状態(state)と境界距離(boundary/chain)に局在する。
9. 考察
Δ の座標依存性は、それ自体が情報をもつ。局所語片や単一遷移ではなく、state と boundary に粗視化したとき、不一致は質量配置として鋭く現れる。
以上の結果は、次の記述にまとめられる。
この読みは、§5 と §7 の二つの否定的・分離的観測に支えられている。単一 transition が説明力をもたないこと(§5)は、不一致が局所遷移には局在しないことを示す。
chain における mass Δ と conditional Δ の符号差(§7)は、質量配置が局所遷移と独立に食い違いうることを示す。 両者を合わせると、Δ の局在は遷移ではなく配置にある、という構造が得られる。
「質量配置として現れる」は座標レベルの記述であり、remaining_K=32–63 には最大観測帯以上の因果的含意を与えない。
この座標依存性は、後続の理論的研究に対する制約を与える。actual−iid 不一致を説明するどの仮説も、prefix や transition では分散し、state と boundary、とくに remaining_K chain 上の質量配置として集中する理由を説明する必要がある。
10. 限界
本稿の主張の射程を明示する。
- 記述統計である。報告したのはすべて actual と iid の質量差 Δ の座標別投影であり、いかなる生成モデル・確率機構でもない。
- サンプルベースである。すべての量は分割標本・標本化されている。とりわけ最大の局在を示す focus state や深い remaining_K 帯は、サンプリングが希薄な領域に位置する。標本誤差は形式的に定量化していない。
- 原因を特定していない。 最大観測帯(remaining_K=32–63)を不一致の発生源として同定していない。chain の符号差も、機構の証拠としてではなく観測として記録した。
- 新機構を提案していない。潜在状態・\(h\) 変換・ギブス測度・条件付き過程など、いかなるコラッツ機構も主張していない。
- 座標解像度が粗い。state の 3 座標も remaining_K の帯も粗い分解であり、より細かい座標は局在の鋭さを変えうる。chain の符号差は 2 例の記録にとどまる。
- 「鋭さ」が定性的である。座標間の局在の鮮明さを共通スケールで定量化していない。座標比較(§8)はこの限界のもとで読まれるべきである。
11. 結論
本稿は、actual−iid 不一致がどこに局在するかを座標別に写像した測定論文である。
そして remaining_K chain 上では、質量 Δ が負である一方、下流への条件付き遷移 Δ が正になる帯が存在する。 局所遷移と質量配置は別物である。
結論は、同じ Δ を固定したまま座標系を取り替える比較から得られる。 本稿が与えるのは Δ の局在地図であり、今後の理論的研究がその上に立つための記述である。
自然な継続はより細かい座標解像度での再測定、chain 符号差の系統的な調査、そして局在の鋭さを測る共通尺度の導入である。